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2006-01-06

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判例

使用者による厚生年金等への加入手続拒否にかかる損害賠償請求

第1 はじめに

1 本訴訟は、事務機器製造会社(豊國工業株式会社。以下「被告会社」という)に勤務していた従業員(臨時工)であるS氏が、会社に対し、何度も社会保険への加入手続を要求していたにもかかわらず、「正社員でない」ことを理由に拒否された結果、将来受領可能な年金額が減額されてしまったことにかかる損害の賠償を求めているものである。
  労働者について、各種社会保険への加入手続を行うことは、使用者にとっては保険料の使用者負担分が発生し、財政的な負担が増加することが不可避となる。その結果、派遣労働者をはじめとする「弱い立場」にある労働者については、厚生年金保険法などで加入手続が義務づけられているにもかかわらず、使用者において故意に加入手続を放置するケースが数多く存在する。
  本訴訟は、以上のような取扱の不当性・違法性を正面から問うものであり、本訴訟で原告となっているS氏以外の数多くの労働者、さらには社会保険制度の根幹にも大きな影響を与えるものであると認識している。

2 以下、事実の経過、争点の所在及び検討、今後の展望について、順次述べたい。

第2 事実の経過

1 当事者について
  S氏は、1998年(平成10年)9月17日、被告会社に就職し、2004年(平成16年)11月30日まで、三重工場において勤務(倉庫内作業、梱包など)していた。同日、定年退職した。
  一方、被告会社は、鋼鉄製事務用器具、具体的にはオフィス用の収納家具の製造を主な業務としている。従業員数は約300人である。したがって、被告会社は、健康保険法、及び厚生年金保険法に規定されるところの「適用事業所」に該当する。
  なお、被告会社は、他の事業所とともに大阪事務器健康保険組合、及び関西文紙事務機器厚生年金基金を設立している。

2 被告会社への就職時の状況
  S氏は、被告会社への就職時、健康保険、労働保険、厚生年金への加入手続を依頼した。しかし、被告会社は「正社員でないものは保険関係には入れない」としてS氏について、健康保険等の加入手続を行うことを拒否した。
  当時、S氏は、社会保険関係の知識に乏しかったため、被告会社の説明を信用してしまった(後に「虚偽」と分かる)。

3 社会保険事務所への問い合わせ
  2000年(平成12年)春ころ、S氏は、国民年金の納付に際して、市役所の担当者から「厚生年金に加入する必要があるのではないか」とのアドバイスがあり、社会保険事務所への問合せを行った。その結果、被告会社はいわゆる「強制適用事業所」であり、さらにS氏自身の加入資格にも問題がないことが分かった。そこで、S氏は、被告会社に対し、各種保険への加入手続を履行するように要求した。
  ところが、被告会社は、のらりくらりとした対応を続け、最後には、「うるさい奴は解雇する」など恫喝するに至り、S氏の要求を拒否した。相前後して、社会保険事務所からの指導も行われたが、被告会社は、これも拒否した。
  その後も、S氏は折に触れて抗議するも、被告会社は、問題の解決を放置し続けた。

4 社会保険事務所の指導による一部遡及加入の実現
  自らの退職時期が近づいてきたS氏は、2004年(平成16年)8月ころ、再び社会保険事務所へ相談に行き、今までの経過などを説明した。
  折しも女性タレントの年金未加入問題がクローズアップされるなど、年金制度に国民的な関心が集まっているという社会的な背景もあり、この時には、社会保険事務所より相当強力な指導が、被告会社に対して行われた。
  その結果、過去2年分遡って健康保険、厚生年金、及び厚生年金基金への加入手続が行われた。

5 訴訟前の交渉
  S氏は、遡及加入の実現しなかった結果、将来受給することができなくなってしまった年金額等について、被告会社に対し、これを補償するよう求めた。
  しかし、被告会社は労基署による斡旋も拒否するなど、これに応じる気配が全くなかったため、直ちに提訴に踏み切ることとなった。

第3 争点の所在、及びその検討

1 本訴訟で争点となっているのは、次のポイントである。

(1) 事実認定上の争点
  社会保険には加入しない、有給休暇は与えない、賞与はないという条件で日額金1万3000円(時給1678円)とする旨の合意があったのかどうか(そうでなければ時給1000円)。就業規則上の根拠はない。

(2) 法解釈上の争点
(ア) 厚生年金保険法、あるいは健康保険法といった行政取締法規違反の行為が、労働契約上の債務不履行、あるいは不法行為法上の違法要素を構成するのか。
(イ