物上代位と相殺(最高裁令和5年11月27日判決)(弁護士 井上泰幸)

 店舗や住居を借りる際にその不動産に抵当権がついているかどうか確認していますか。今回は、その不動産所有者にお金を貸していて、そのお金と賃料とを相殺するとの合意をした場合の、抵当権者との優劣が争われた裁判例を紹介します。

 「抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差押える前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をしたとしても、当該合意の効力を抵当権者に対抗することはできない」(最高裁第二小法廷判決令和5年11月27日。以下「令和5年判例」といいます)。

これは、比較的新しい裁判例で、これまで裁判例のなかった部分について最高裁が判断を示したものなのですが、難しいと思いますのでできるだけ簡単に説明します。

 そもそも、抵当権は、不動産を担保として設定する担保権で、住宅ローンを利用する際、支払わなければ家をとられるというのがイメージしやすいと思います。その抵当権には、物上代位という効力が認められており、不動産を賃貸借することによって生じる賃料にも抵当権の効力が及ぶこととされています(民法372条、304条)。そして、この物上代位と賃借人の権利とが競合する場合の優先関係を判断したのが上記判決です。

 まず、一般債権者の差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えが競合した場合には、両者の優劣は一般債権者の申立てによる差押命令の第三債務者への送達と抵当権設定登記の先後によって決せられ、差押命令の第三債務者への送達が抵当権者の抵当権設定登記より先であれば、抵当権者は配当を受けることができないとされています(最判平成10年3月26日民集52巻2号483頁)。抵当権設定登記によって一般債権者も当該不動産に抵当権が設定されていることが分かるのであるから、抵当権設定後に差押えをした一般債権者は抵当権に劣後するということです。

 ただし、一般債権者が転付命令まで得た場合には、物上代位による差押えまでされていない限り、物上代位は許されないこととなっています(最判平成14年3月12日民集56巻3号555頁)。

 次に、抵当不動産の賃借人が賃貸人たる抵当権設定者に対し、たとえば保証金返還請求権などの債権を有している場合、相殺とどちらが優先するのかという問題があります。相殺(民法505条)とは、簡単にいうと双方が債権債務を有する場合に、対当額で債務を免れることを言います。相殺には、担保的機能といって、相手が債務を履行しなくなったとしても自身の債務を消滅させることができるという意味で履行の確保手段とする機能があります。この相殺の担保的機能と物上代位の効力のどちらが優先するのかという問題です。裁判例では、物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は、抵当不動産の賃借人は、抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自動債権とする賃料債権との相殺をもって、抵当権者に対抗することはできないとされています(最判平成13年3月13日民集55巻2号363頁。以下「平成13年判例」といいます)。すなわち、物上代位が優先することとなっています。この理由は、やはり抵当権は登記によって公示されているため、賃借人の相殺の期待を優先させるべきでないとの判断があります。

 そして、令和5年判例は、抵当権設定登記後に発生した賃借人の賃貸人に対する別個の貸金債権と抵当権に基づく物上代位による差押え後の賃料債権とを相殺する旨の合意を物上代位による差押え前にしていたとしても平成13年判例と同様、物上代位が優先すると判断したものです。

 平成13年判例からすると当然の結論のように思います。ただし、ややこしいのは、敷金返還請求権の場合には、賃貸借契約が終了し賃借人が目的物を明け渡してしまえば、目的物の返還時に残存する賃料債権等は敷金が存在する限度において敷金の充当により当然に消滅するので、そのような賃料債権に対して抵当権者が物上代位権を行使していたとしても結果としてその対象を失うことになるという裁判例があります(最判平成14年3月28日民集56巻3号689頁)。

 今回は、かなり難しい話だったかと思いますが、新しい裁判例が出ましたので、その紹介をさせていただきました。